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  • 執筆者の写真如風

理解に苦しむ「観光政策研究の第一人者による考察コラム」

更新日:2020年7月25日

7月2日の旅行関連メディア「トラベルボイス」に、同社お気に入りの観光政策研究者が「インバウンドを取り戻す一手を考えた、カギを握るのは、出発国の旅行会社による取り組み」と題するコラムを投稿しています。新型コロナウィルスの影響で苦しむ日本の旅行・観光関連業界に向けてインバウンドの需要喚起策につて提言する大変興味深いコラムになっています。

当コラムの趣旨は、既報のオーストラリアと隣接するニュージーランドが双方の国民の往来条件を緩和する所謂“トラベルバブル構想”と日本政府が渡航目的を限定して(段階的に、商用~留学~観光に至る)オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ベトナム4ヵ国との間で規制緩和を目指す“ファストトラック”の二つの出入国緩和政策を認識したうえで、観光系のインバウンドを動かす為の取り組みについて持論を展開されています。筆者はこれを「観光版ファストトラック」と呼んで今後の取り組みを検討できないかを問うています。


インバウンド需要喚起の為の観光版ファストトラックの具体的な提案は以下の6つのアジェンダからなっています。

1.旅行会社のパッケージツアーとする。

2.航空機の往復は、チャーター扱いとして、旅行会社のツアー客以外は搭乗できないようにする。

3.旅行会社は発地と着地(日本国内)双方で、PCR検査を実施できる体制を用意する。

4.ツアー客は、旅行会社が用意した検査機関で出国72時間以内に(PCR)検査する。

5.検査結果で陰性の場合、入国時(帰国時)の隔離措置を不要とする。

6.旅行会社は、ツアー客の訪問中の行動を追跡できる仕組みと、旅行後の状況確認できる仕組みを用意し、感染が発生した場合に備える。

更に筆者は、「技術的な問題も、感情的な問題もいくつかありますが、観光版ファストトラックが展開できれば、インバウンドを動かしていくことが出来ます」。と断言しています。


さて、このコラムをご覧になって皆さんはどのように感じられますでしょうか?


私は、この「観光版ファストトラック」案を拝見して、「これが観光政策の専門家が提案したインバウンド振興のための取り組みなのか」、と目を疑いました。提案されている、6つのアジェンダを見る限り、民間企業である旅行会社の職域を運送機関の航空会社、更には発地国と着地国の保健行政にまで伸ばしてインバウンドの復活をあたかも旅行会社の努力で成し遂げようと理想論を述べているとしか思えません。

1.そもそも、21世紀の旅行形態におけるパッケージツアーのポジションを正確に理解されているのでしょうか。未だに最少催行人数を設定して添乗員が同行して、着地空港から帰国まで全行程を貸し切り専用バスで移動して同じホテルに宿泊、同じメニューの料理を食べさせられる所謂「添付きパッケージ」で旅行しているのは日本人以外ほとんどあり得ないのです。FIT/個人旅行が当たり前の旅行先進国の旅行者は目的地・旅行目的・宿泊施設・食事など全てを個人手配して旅行そのものとともに旅行のアレンジを楽しむのが一般です。

中には、旅行会社のトラベルコンサルタントに助言を求め一部旅行会社に手配を委ねたとしても自身が求める旅行目的は譲ることなく通常は、Air & Hotelがせいぜいのところでしょう。増して、マイレージプログラムが浸透している現在 航空機の手配は旅行者自らが行う機会が増えていることを理解するべきなのです。

2.チャーターキャリアに対比して、ネットワークキャリア、スケジュールキャリアと呼ばれる航空会社にとってパッケージツアー造成用のIT航空運賃は低イールドなうえ、予約は季節波動が大きく、更にマテリアライゼーションが不確定な為パッケージツアー用に提供する座席数を極力少なく抑え込む方向にあります。

増して、飛行機のすべての座席をパッケージツアー用に提供して他のお客様が搭乗できないようにすることなどマネジメント上考えられません。確かに新型コロナウィルスの影響でほぼ壊滅した航空旅行需要がいつどのような形で復活してくれるのか確たる見込みがない中で、COVID-19前とは異なるの営業施策、座席提供、価格政策が求められる可能性はありますが、もし他のお客様が予約することが出来ないように一機丸ごとパッケージツアーで座席を利用したいのであれば、是非ともITCチャーターで利用するべきであると考えます。


さて、次に注目すべき点は当該コラム最大の問題点です。

3.筆者は、「旅行会社は発地と着地(日本国内)双方で、PCR検査を実施できる体制を用意する。」と述べられています。

新型コロナウィルスに限らずWHOを中核とする国際的保健・疾病対策組織が各種伝染性疾病、感染症の世界的な被害状況を常時包括的に把握したうえで必要に応じて適宜感染拡大防止に向けて各国の健康・保健・疾病対策当局と緊密に連携して感染予防策を講じるのが国際ルールになっています。

今般の新型コロナウィルスに当たっては、感染の有無を調べるうえでPCR(Polymerase Chain Reaction)検査が有効であることは既に広く知られています。

世界各国においてもほぼすべての国でPCR検査を実施することで国内の感染者を把握して二次感染、三次感染の拡大を防止する努力をしています。

感染拡大防止と経済活動はある意味で相反するアクションではあるものの余りにも感染拡大の予防に軸足を置いてしまっては国家経済が立ち行かなくなり最悪の場合国の財政破綻を招く恐れすらあり得ます。

何れの国においてもその収入依存度は別として、観光収入は国家財政にとってなくてはならない重要な柱です。一日も早く、観光客を受け入れて観光収入を増やし、併せて観光関連業界の雇用を保ちたいというのが為政者の望むとこでしょう。


6月中旬以降、オーストラリアとニュージーランドの両国は一つのバブルの中に二国を包括する、という考え方の下に「トラベルバブル」構想に向けて話し合いを始めました、一方EUは日本を含む15ヵ国からの渡航制限を解除する方向で検討を始めました。

EUの緩和策においては国境管理の主権者たる加盟各国に最終判断が委ねられる為入国時の検疫条件が国によって異なることが懸念されるものの新型コロナウィルス感染拡大を水際で阻止すべくPCR検査を前提とした安全の担保が求められるものと思われます。


さて、このように国際的に共通の感染症予防対策を前提とした渡航制限緩和にあたり、筆者は「旅行会社は発地と着地(日本国内)双方で、PCR検査を実施できる体制を用意する。」ことによってインバウンドを動かしていくことが出来ると述べているのです。 


矛盾するように聞こえるかもしれませんが、「発地と着地双方で、国境を超える旅行者を対象とした検疫要件を満たすPCR検査を実施できる体制」が用意されなければ、海外旅行者は増えるはずがありませんし、筆者が望むインバウンド復活は望むべくもありません。しかし、PCR検査を実施できる体制を整えることを旅行会社に求めるとは一体どのような根拠に基づいての発言なのでしょうか?


既に日本政府は限定的ながら、国地域(オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ベトナム)を指定した渡航規制緩和に向けて舵を切りました。今後は、外務省、厚生労働省、国土交通省、総務省が一丸となって、可能であれば「政府タスクフォース」を組織してインバウンド・アウトバウンド双方の旅行者向けに国内の国際港、国際空港の検疫機能の拡充、並びに365日受検可能な市中PCR検査受検機能の充実を推し進めて日本人海外旅行者と外国人訪日旅行者の利便性を向上させるべきであると考えます。(まかり間違っても、民間の旅行会社が責任主体となって、医療機関、保健所に自社取り扱いの旅行客のためのPCR検査実施体制を要求することなど有り得ないのです。)



ここまで、かなりのスペースを割いて私見を述べさせていただきましたが、観光政策研究の第一人者とも呼ばれる識者による誤った意見によって旅行業界、航空運送業界更には、それらの監督官庁にまで誤った理解が伝わってビジネス、政策に好ましからぬ影響を耐える恐れがあることを懸念しています。


当該コラムをすべて引用しているわけではありませんが、コラムの中にはさらに3点理解に苦しむ意見、提案がありますのでついでに疑問を呈することとします。


著者は、PCR検査に伴う手間や時間を考慮して、インバウンド旅行者のツアー期間を一週間程度(日本人目線から長期-DMC補足)と考えています。

(引用)

長期滞在(一週間-DMC補足)を基準とすると、実人数(人回数)以上に、人泊数が増大することになります。地域にとっての経済的メリットは人泊数に比例し、感染リスクは、来訪の実人数に比例すると考えられますから、滞在日数を増やして実人数を増やすことは、地域にとってのメリットも大きいと考えることが出来ます。

(引用完)

恐らく、筆者は「滞在日数を増やして実泊数を増やすことは」と書いたのでしょうが校正の段階で全く逆の「実人数」に変わってしまったのでしょう。しかし、問題はここではありません。述べられているように感染リスクは50人が1泊しての50人/泊(実人数)より10人が5泊しての50人/泊(実泊数)の方が五分の一になりますが(*)、旅行客の消費総額は50人が1泊滞在するほうが大きいのが実情です。

(*)旅行客一人当たりの滞在時接触者数が同数であると仮定した場合


次に、筆者はこのように述べています。

(引用)

旅行先について、地域側と事前協議も可能となります。感染リスクが高いとか、ツアー客の行動が見えなくなるといった理由で、大都市を対象から外すこともできるだろうし、例えば、沖縄県のように医療リソースが乏しい地域では、人数を制限しながら対応していくこともできるでしょう。

(引用完)

これは、非常に高潔な意見であるといえるでしょう、しかし 訪日観光の規制が緩和されて先ず観光客が集中するのは間違いなく、東京/京都/大阪及びそれらの周辺観光地です。新型コロナウィルスの感染者がゼロであるという理由で突然岩手県に観光客が押し寄せるとは到底思えませんし、感染者数が多いから東京には行かないで代わりに三浦半島に滞在する観光客が果たして何人いるでしょうか?

これは、コロナ以前からの日本のインバウンド観光政策のミスリードが生んだ最大の失敗です。

各地の観光振興担当者、DMO、JNTOが挙って“点~点”プロモーションに心血を注ぎ、名ばかりの広域プロモーションを蔑ろにしてしまった結果なのです。右肩上がりに伸び続けるインバウンド需要に踊らされて、キャパシティを度外視して「我が町」「我が宿」への集客に奔走した結果、街の公共交通機関から住民が追いやられ、一泊10万円を超える宿は「インバウンド並びに日本人富裕層様専用」で成り立ち、挙句の果てにはオーバーツーリズムを盾にインバウンドお断りにまで声を上げた祇園の衆、これがコロナ禍を受けて地方分散に向かうと考えられたのでしょうか。観光プロモーションは考える以上に時間と労力がかかります。年間を通して常にキャパシティの90%で安定した集客を保てる観光地など世界中どこを探してもありません、DMOは常に地域住民の生活を重視しながら“点~面~質”のプロモーションを心がけて幅広く他のDMOと連携して相互補助・相互協力に努めていくことが必要だったことを今一度振り返りAfter COVIDに向かうべきであると考えます。


最後、三点目です。筆者は、「旅行会社/ツアー内容の選定に関する裁量権を地方自治体」に付与する。」ことを提案しています。

私は、この一文の意図するところが全く理解できません。パッケージツアーを造成/販売する旅行会社、及びその旅行内容を地方自治体が予め精査して、可否を判断するということなのでしょうか?

各々、国土交通省乃至は所轄の地方自治体から旅行業の免許を取得した登録旅行会社が主催旅行を造成するにあたって、目的地の自治体にツアーの内容を提出して選定してもらう必要がどこにあるのでしょうか?実に不可解なコメントであると思います。


観光旅行とは、旅行者が日常を離れて自らの望む目的地で、持てる予算を最大限に利用して宿泊、観光、食事、アミューズメントを自由に楽しむために在るもので、旧社会主義国で強制された官製旅行を求める人は、この21世紀には誰一人として存在していないのです。










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